東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7174号 判決
原告 株式会社 ハイランド
右代表者代表取締役 大野道子
〈ほか一名〉
原告両名訴訟代理人弁護士 長岡邦
被告 モンド商事株式会社
右代表者代表取締役 林田史範
右訴訟代理人弁護士 佐藤成雄
主文
一 被告は、原告らに対し、別紙第二物件目録記載(一)の看板及び同目録記載(二)のタイルを撤去せよ。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告株式会社ハイランド(以下「原告ハイランド」という。)は、別紙第一物件目録記載の建物(以下「本件建物」あるいは「青山セブンハイツ」という。)の二〇二号室の区分所有者であり、原告浅野浩(以下「原告浅野」という。)は、本件建物の九〇五号室の区分所有者で昭和五九年一〇月二〇日の区分所有者集会の決議により、青山セブンハイツ管理組合の理事長に選任され、青山セブンハイツ管理組合規約三五条二項により建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)に定める管理者となった者であり、いずれも、昭和五九年一〇月一一日の区分所有者集会の決議により本件訴訟の当事者として指定された者である。
2 被告は、本件建物の五〇六号室の区分所有者である。
3 (看板の設置に至る経緯)
(一) 被告は、昭和五九年七月二日、右五〇六号室の区分所有者となったが、同年九月一九日、青山通り(国道二四六号)に面する本件建物東側面五階外周壁に別紙第二物件目録記載(一)と同一の看板(以下「別件看板」という。)を設置した。
(二) 本件建物における看板等の設置については、当時の管理規約である青山セブンハイツ共有物管理規約(以下「旧規約」という)は次のとおり定めていた。
(1) 建物の外周壁は共用部分とする。
(2) 建物共用部分における広告物の設置は原則として禁止する。
(3) 区分所有者は、その用途に係る広告看板を設置するため、外周壁(設置場所限定)を有償で専用利用できる。
(4) 広告施設、看板等の設置をしようとするときは、事前に管理者に申し出てその承諾を得なければならない。
(三) 原告らは、被告の別件看板の設置について、事前に、被告に対し中止の申入れをなしていたが、被告はこれを無視して、看板を設置した。
(四) 原告らは、昭和五九年一〇月二四日、被告を債務者として、東京地方裁判所に対し、看板撤去の仮処分を申請したところ、同年一二月四日、被告が昭和六〇年三月末までに別件看板を撤去する旨の和解が成立した。
(五) しかし、被告が右撤去期限を過ぎても看板を撤去しなかったので、原告らは看板撤去命令を得て、その執行に着手しようとしたところ、昭和六〇年四月末日ころ、被告は本件建物東側面五階外周壁から別件看板を撤去した。
4 (看板の設置)
(一) ところが、被告は、右撤去の翌日、一旦撤去したのと同一の看板である別紙第二物件目録記載(一)の看板(以下「本件看板」という。)を右外周壁直上の五〇六号室に接するバルコニーに設置した。
(二) ところで、本件建物の各区分所有者は、被告の本件看板設置に先立つ昭和五九年一〇月二〇日、区分所有者集会を開催し、前記青山セブンハイツ管理組合規約(以下「新規約」という。)を設定したが、新規約は、バルコニーの使用及び看板の設置等について次のとおり定めている。
(1) バルコニーは共用部分とし(八条)、区分所有者は各住宅に接するバルコニーの専用使用権を有する(一四条)。
(2) 共用部分に看板、広告の設置をすることを禁止する(一六条、使用細則3)。
(三) 被告の本件看板設置行為は、新規約及び区分所有法六条一項の「区分所有者の共同の利益」に反する。
5 (タイルの貼付)
(一) 被告は、昭和五九年九月ころ、本件建物五階五〇六号室の入口扉周辺の廊下周壁に、別紙第二物件目録記載(二)のタイル(以下「本件タイル」という。)を貼った。
(二) 右廊下周壁は、新規約八条、区分所有法四条一項により共用部分であり、同法一一条により、区分所有者の共有に属する。
6 よって、原告らは、被告に対し、新規約ないしは区分所有法に基づく差止請求として本件看板の撤去を求めるとともに、共有持分に基づく妨害排除請求として本件タイルの撤去を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は知らない。
2 同2の事実は認める。
3 同3(一)ないし(五)の各事実は認める。
4(一) 同4(一)の事実は認める。
(二) 同4(二)の事実は知らない。
(三) 同4(三)は争う。
5(一) 同5(一)の事実は認める。
(二) 同5(二)のうち本件タイルが貼付されている廊下周壁が共用部分であることは認める。
6 同6は争う。
三 抗弁
1 (本案前の抗弁)
原告ハイランドは、本件訴訟上原告となる資格がない。
2 (本件看板撤去請求に対する抗弁)
(一) 昭和五九年一〇月二〇日の区分所有者集会は、区分所有者である被告に通知することなく開催されたものであり、招集手続に瑕疵があるから、右集会の決議に基づく新規約は無効である。
(二) 新規約八条は、バルコニーを共用部分と定めているが、もともと本件バルコニーは、旧規約により、被告の専有部分に属し、被告の専用に供されていたものである。
バルコニーを共用部分とすることは、被告の権利に特別の影響を及ぼすものであり、被告の承諾なくして規約の設定ないし変更は行いえない(区分所有法三一条一項後段)。
被告は、新規約の設定ないし変更について承諾を与えていないから、新規約は無効である。
(三) 権利の濫用
本件看板は、その色彩・体裁等からみて、本件建物の美観を損ねるものでない。
また、本件建物の共用部分には、多数の看板が掲げられており、それらの中には指定場所以外の場所に雑然と設置されたものもある。他の看板の存在が容認されているのに、これを排除することなく、本件看板の撤去のみを求めるのは、恣意的かつ不公平であり、権利の濫用として許されない。
3 (本件タイル撤去請求に対する抗弁)
本件タイル張りは、本件建物内部の美観を害するものでないし、原告らが本件タイルの撤去を求めても、原告らには何等の利益が生じないのであるから、原告らの本件タイル撤去請求は、権利の濫用として許されない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。
2(一) 抗弁2(一)前段の事実は否認し、後段は争う。
(二) 同2(二)は争う。
(三) 同2(三)は争う。
3 抗弁3は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者
1 請求原因1の事実は、《証拠省略》を総合すれば、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
2 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。
3 ここで、原告らの当事者適格について判断する。
(一) まず、原告らが被告に対し本件看板の撤去を求める点に関する訴訟物は、新規約ないしは区分所有法(以下「新法」ということもある。)に基づく差止請求である。
区分所有法によれば、建物、敷地、附属施設の管理、使用に関する区分所有者相互間の事項は、規約で定めることができ(同法三〇条一項)、各区分所有者は、同法六条一項に規定する共同の利益に反する行為をすることが許されないのは勿論、規約の定めに違反する建物等の使用をすることも許されないことになる。
そして、区分所有者の右共同の利益に反する行為に対する措置については同法五七条に定めがあるから、訴訟の提起についても当然これに従うことになる。
他方、区分所有者の規約違反の行為に対する措置については法律に明文の定めがないため、誰が是正を求めうるかが問題となるが、新法が区分所有者集団の団体性を明確にし、管理組合法人制度を創設し、管理者の訴訟遂行権を認めるなど全体として団体自治の活性化を目指している点からすれば、区分所有者が規約によって負う義務は、団体に対する義務であり、したがって、これに対応する権利は団体に帰属し、団体がこれを行使すべきものと考えるのが妥当である。したがって、区分所有者の規約違反の行為の差止を求める訴訟の提起を他の区分所有者が個々にできると解することは相当でないが、管理者が新法二六条四項により規約又は集会の決議があれば右訴訟の提起ができるほか、同法五七条三項に準じ集会において指定された区分所有者も集会の決議があれば他の区分所有者全員のために右訴訟の提起ができると解するのが相当である(実際の差止請求訴訟においては、本件のように同法六条一項に該当する行為と規約違反行為とを競合的に主張する必要があることが多いことからしても新法五七条の規定をできるだけ準用する解釈が許されるべきである。)。
(二) 次に、原告らが被告に対し本件タイルの撤去を求める点に関する訴訟物は共有持分権に基づく妨害排除請求である。
新法五七条の規定は、昭和五八年五月二一日の法改正により区分所有者の利益保護のために新設されたものであるから、右の規定が新設されたからといって、各区分所有者固有の所有権あるいは共有持分権に基づく妨害排除請求権の行使を制限されるいわれはない。
(三) 前記1の認定事実及び右(一)、(二)の検討によれば、原告らは本件訴訟について当事者適格を有するものと認められる。
二 看板撤去請求について
1 請求原因3(一)ないし(四)及び4(一)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 請求原因(4)(二)の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
3 そこで、抗弁2(一)について判断する。
被告代表者は「昭和五九年一〇月二〇日の区分所有者集会について被告は招集通知を受け取っていない」旨供述するが、右供述部分は、「本件建物の一階に全入居者のポストがあるので、そこの各ポストに招集の通知書を入れておいた」旨の原告株式会社ハイランド代表者の供述に照らして直ちに措信できないところである。
また、議事録によれば右集会は総議決権五一六票のうち委任状提出分を含めて三九五票の参加を得て成立しており、右集会の各決議はいずれも出席者全員の賛成を得て可決されたものであることが認められるから、被告に対する招集通知がないことだけでは、右集会の決議の無効を主張するに足る手続上の瑕疵ということはできない。
したがって、いずれにしても、抗弁2(一)は採用できない。
4 次に、抗弁2(二)について判断する。
《証拠省略》によれば、旧規約の二条において各住宅に附属するバルコニーが各区分所有者の専有部分に属するものと定められ、本件バルコニーは被告の専有部分に属し、被告の専用に供されていたこと、新規約の設定ないし変更について被告が承諾を与えていなかったことが認められる。そこで、バルコニーの使用に関する新規約の設定ないし変更が区分所有法三一条一項後段の一部の区分所有者(被告)の権利に「特別の影響」を及ぼすものといえるかが問題となる。ここにいう「特別の影響」とは、右後段の規定が多数決の原理によって少数者の権利が不当に害されることを防止するために設けられていることに照らすと、規約の設定・変更等の必要性及び合理性とこれにより受ける当該区分所有者の不利益とを比較衡量して、当該区分所有者が受忍すべき限度を超える不利益を受けることを意味すると解される。
思うに、中高層住宅の各住宅に附属するバルコニーは、火災等の場合の緊急避難路として重要な役割を果たし、また、建物全体の美観とも密接に関係する。そこで、従来、専有部分とされていたバルコニーを建物の安全確保、美観の維持・向上の見地から共用部分として規制の対象とすることの必要性は否定できないところである。他方、各区分所有者においてもバルコニーが共用部分と定められても、建物の安全、建物の美観を害しない範囲で専用使用権が認められる限り、建物の使用に特段の支障は考えられず、通常は格別の不利益を、被るものではないから、かかる態様での規約の設定・変更は、合理性を有し、当該区分所有者が受忍すべき限度内のものということができる。
ところで、新規約は、八条においてバルコニーを一般的に共用部分と定める一方で、一四条において各住宅に接するバルコニーについて各住宅の区分所有者の専用使用権を認めており、その使用については一六条により使用細則が定められ看板、広告等を設置することが禁止されているとはいえ、看板設置が必要な区分所有者は六五条三号により外周壁の一部に設置した看板掲示場所を使用料を支払って専有使用することが可能である。
右の新規約の内容は、前に検討した基準に照らしても十分合理性を有するものであり、被告において新規約設定時に既にバルコニーに看板を設置していたような事情もないのであるから、被告が右新規約の設定によってバルコニーの使用について格別の不利益を被るものとはいえず、区分所有者として受忍すべき限度内のものということができる。
したがって、バルコニーの使用に関する新規約の設定は被告の権利に「特別の影響」を及ぼすものとは認められない。
よって、抗弁2(二)は採用できない。
5 抗弁2(三)について判断する。
《証拠省略》によれば、本件看板は、本件建物の五〇六号室の窓全体をふさぐように設置されたものであるし、その看板の大きさも縦約〇・六四メートル、横約六・八〇メートルと巨大なものであって、本件建物の美観を損ねるものでないとはいえない。
また、《証拠省略》によれば、新規約六五条三号の前記看板掲示場所でない本件建物の一階、二階の共用部分にも被告以外の者が設置した看板、広告が掲げられていることが認められ、《証拠省略》によれば、右一階の共用部分については新規約六五条二項により特別に専有使用が認められているものであるが、二階の共用部分の看板の設置については新規約に反するものであることがうかがえるところである。
しかしながら、これらの看板と本件看板を比較すれば、本件看板が特に巨大であり、設置場所からしても本件建物の外観に与える影響も大きいところであり、これに請求原因3(一)ないし(四)の本件看板設置に至る経緯を考え併せれば、原告らが本件看板の撤去を請求することが権利の濫用にあたるとは到底いえない。
以上のとおり、抗弁2(三)は採用できない。
6 以上検討によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件看板撤去請求は理由がある。
三 タイル撤去請求について
1 請求原因5(一)の事実は、当事者間に争いがない。
請求原因5(二)のうち、本件タイルが貼付された廊下周壁が共用部分であることは当事者間に争いがないので、右廊下周壁は区分所有法一一条により区分所有者全員の共有に属すると認めることができる。
2 そこで、抗弁3について検討する。
区分所有者は、規約に従い建物全体の秩序ある調和を保つべく努力する義務があるのであって、一部の区分所有者が専有部分である各住宅への入口扉の周辺とはいえ、共用部分である廊下周壁に他の区分所有者の同意を得ずにタイルを貼付する行為は、もっぱら自己の都合のみを考えた行為にほかならず、建物全体の秩序と調和を乱すものといえるから、これの是正をはかることは共有持分権を有する他の区分所有権者の当然の権利の行使であって、被告主張の事情を考慮に入れても原告らの本訴請求が権利の濫用にあたるとはいえない。
右のとおり、抗弁3は採用できない。
3 したがって、被告による本件タイルの貼付は、区分所有者である原告らの廊下周壁の共有持分権を侵害するものであり、原告らの本件タイル撤去請求は理由がある。
四 よって、原告らの本件看板及びタイルの撤去を求める本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 氣賀澤耕一)
〈以下省略〉